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2013年10月 4日 (金)

復興支援ツーリング二日目

二日目。
ホテル企画の語り部バスツアーに参加しました。気仙沼在住のホテルスタッフが、実体験とともに被災地を説明してくれるツアーです。その名の通り、現地の方の生の声で、その時から今までのことをいろいろと教えてくれます。ニュースなどで見聞きする内容はなぜか美化・美談にされてしまうことが多いのですが、実際の声は本当にずっしりと響きます。
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南三陸町の防災対策庁舎です。取り壊しが決まったそうです。でも、、地元の方は、亡くなった方のためにも今後の防災のためにも、建物が無くなってもここで起こったことは語り継がなければならないと言っていました。ビルの上にあるアンテナの途中くらいまで、ものすごい勢いの津波がきたそうです。屋上に逃げた方でも、この棒にしがみついた方でも、半数くらいの方は手が離れて流されてしまったとのことです。
 ここのビルのほかにも、気仙沼のいくつかの場所で、その時のことや避難生活のこと・今のことなど、いろいろと教えてくれました。
 このツアーを終え、チェックアウトをし、改めて南三陸の街を歩きました。
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 遠くにさっきのビルが見えますが、街全体は↑のように建物はほとんどなくなってしまいました。水たまりのようになっている部分がありますが、雨が降ったからではなく、全体が地盤沈下したために海水が引かないそうです。町全体が海水の水たまりになってしまっているような感じです。
 商店街だったところには、こんな跡もありました↓
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津波避難経路のサインです。遠くに見える山に逃げるための距離と経路が示されています。そこまでしっかりと対策があっても、あれだけの被害になってしまうのだなと実感しました。語り部ツアーで教えてもらったのは、天災でもあり人災でもあったということでした。すぐに逃げるという判断をした人は多くが助かり、どこかで大丈夫と思ってしまったり、避難経路や避難の仕方を理解していなかった人は残念な結果になることが多かったとのことです。「天災が起こったらとにかく逃げてください。そのあとは苦しくてもなんとでもなります」という言葉が強く心に残っています。
 その後、国道45号を北上し、気仙沼へ。
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第十八共徳丸です。海岸から1キロ以上、港からは数キロも離れている場所まで船が流されてきていました。すでに取り壊しが始まっていて、船体上部はもうなくなっていました。写真右側に街だった場所が見えますが、建物の基礎だけが延々と残っている街並みになっていました。
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鹿折唐桑駅脇の線路です。右側は何もなく、左側はなんとか津波から逃れたようでした。
 そして、気仙沼商店街で昼食をたべました。仮設店舗で頑張っているあさひ鮨
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↓名物のふかひれ鮨。ちょっと高いですが、食感とほんのり味付けしてあるふかひれが絶品でした。
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あと、ちらし寿司。
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もちろん握り寿司もありました。おいしかったそうです。僕は海鮮系は苦手なものが多いので、食べられるもので構成されていたちらしにしました。こちらももちろんおいしかったです。ということで、たくさん食べて復興支援しました。
その後、気仙沼本店のコーヒーチェーンでコーヒーを飲みつつ、国道284号を西へ進み、平泉へ。
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中尊寺金色堂↓奥の建物の中に金色堂が入っています。建物in建物です。
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中尊寺自体はそれほど広くないのですが、この中尊寺も含めてあたり一帯で世界遺産になっています。
いろんなお寺・神社などが集まっているのですが、なかでも峯薬師堂は目にご利益がある珍しいお寺でした。で、お守り↓
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オススメです。

この日は一日じっくりと観て回ったので、約100kmの移動で夕方になりました。そのまま厳美峡のホテルに向かい、ゆっくりと休みました。

三日目に続く。

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